FC2ブログ

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

ダスティン・ホフマン、アカデミー賞受賞時のスピーチ


こんにちは。カン・チュンドです。

※ きょうは投資とは関係ないお話です。

わたしは昔から
アカデミー賞受賞者のスピーチを観るのが好きで、
(ちょっとヘンな趣味ですが・・(^^;

中でも、
1980年のダスティン・ホフマンの
スピーチがもっともお気に入り。

(このとき彼は、
映画「クレイマー、クレイマー」の演技で
最優秀主演男優賞を受賞したのです)




・・・・ホフマン氏のスピーチは
3分40秒あたりから始まります)


【意訳&要約・・こんな感じ。】


わたしはこのように
映画の仕事ができて誇りに思っています。
この映画のクルーはまるで家族のようでした。

この場(アカデミー賞の会場)に
居られる私たちは
とてもラッキーではないでしょうか。

私たちと同じように
映画に渾身しながらも、

月々の支払いは滞りがちで、
もちろんここ(会場)にも登場しないし、
多くはアカデミーの会員でもない・・、

そんな
たくさんの仲間たちがいることに気付きます。

そして、彼ら/彼女らのことを
私たちはほとんど気付かず、知りもしないのです。


このオスカーは、
そのような映画に渾身する人々への
感謝のしるしとして、
与えられるべきものです。

彼ら/彼女らは私たちの人生の一部なのです。

10万人はいる映画に携わる人々の中で、
(そのほとんどは)
満足な仕事すらありません。

タクシーの運転手をしながら、
必死にアクセントを直そうとしている人もいます。

それらの人々を含めて、
私たちは映画という芸術のファミリーなのです。




| 抱負・個人的に思うこと | 15:55 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

阪神淡路大震災で見た、人間のチョイスの多様性について


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

ちょっと昔話になります。

今から20年以上前なのですが、
わたしは不動産会社に勤務していました。

そのとき、
偶然にも
区画整理事業や再開発事業の実態を
目の前で見聞きすることになります。

1995年、
阪神淡路大震災が発生したためです。


tn.jpg


同震災では
いくつかの地域が
大規模な火災に見舞われたのですが、

わたしはそのうちのひとつ、
鷹取地区」にある
不動産会社に勤めていました。

あの震災で経験し感じたことは、
こちらの記事に書きました。


今日、
あなたにお伝えしたいのは
まったく別の感慨なのです・・。

神戸市の「鷹取地区」は
震災後「区画整理区域」に指定されました。


区画整理

※ 画像はイメージです。

区画整理区域内では
自分の土地であっても
自由に建物を建てることが
出来なくなります。



震災から2年以上経ったときでしょうか。
「鷹取地区」の区画整理事業において、

「こんなふうに道路を広げ、
このように街区を整え、
そのために、
皆さんの土地を少しずつ出してもらって、

さあ、新たな土地の形状は
こうなりますよ!」


ということが決定し、
「仮換地の指定」というものを受けて、

晴れて自分の土地に
【建物が建てられる】ようになったのです。



わたしは当時営業マンで、
「鷹取地区」はいわば地元であり、

したがって毎日のように
御用聞きみたいなことを
していました。

この地域のコアの部分、

ーわたしが覚えているのは
50~60戸の区画なのですが、―


そこが一斉に
「仮換地の指定」を受け、

まるで「よーいスタート!」のように
住宅(一戸建て)の建設が
始まりました。


(もちろん、さまざまな事情から
更地のままの土地も散見されましたが・・)


家


当時はお客様に
住宅メーカーの紹介も行っていたので、

わたしは「仕事目線」で
この区画の復興を見守っていました。

「経済的なところを
クリアできるなら、
こんな大震災のあとだから、

耐震性に優れた
大手住宅メーカーのシェアが
けっこう高くなるのでは?」


わたしは勝手に
そう思っていたのです。


ちなみに、当時の
大手住宅メーカーの
マーケットシェアでいうと、

・積水ハウス
・大和ハウス工業
・積水化学
・旭化成
・住友林業 あたりの家が、


たくさん建てられるのではないかと
予想していました。


ところが、
フタを開けてみると・・・、

実際のメーカー(会社)は

見事に、
バラバラ、
だったのです。



住宅を建てていく際に
たいてい
建築会社、住宅メーカーは
自社の「垂れ幕」を設置します。

ですので、
わたしはいちいちを確認していきました。

地元系の工務店、
地元以外の工務店、

中堅建築会社、
大手建設会社系の住宅部門、
関西の大手工務店、

地場の中堅住宅メーカー
それ以外の中堅住宅メーカー
大手住宅メーカーと・・・、


一条工務店

※ 画像はイメージです。


わたしが覚えている限りでは
50~60戸の区画の中で、
15社以上の会社が乱立していたのです。


ここで「乱立」と書くと
ヘンなイメージになってしまいますが、

消費者目線で見ると、

それだけ人間の嗜好、チョイスが
多様性】に満ちていたという
証しなのですね。



この出来事を、
わたしは(私の中の)心象風景として、
折にふれ思い出します。

ヒトって(実は)多様性に溢れている。。



たとえば『職業』がいい例でしょう。

日本では
職業選択の自由があり、

誰ひとりとして
○○の仕事をせねばならぬ!と、
強制されることはありません。


人の自由意思に任せた結果
「公務員」だらけになるとか、
そんなこと全然ないですよね(笑)

『職業』の選択は
自然に任せても、
何百、何千と見事に多様化しており、

ちゃんと、
消防隊員になる人や、
はかり(計量)メーカーに就職する人や、
イソギンチャクの研究者になる人も
「いる」のですww


このような
多様性が担保される様を見ると、
わたしは驚きを隠しきれません。


101279067-171766579_600x400.jpg


実はこの、
「多様性」というものが
もっとも欠如しているのが、

お金のあり様』ではないでしょうか。


人の自由意思に委ねた結果、
(少なくとも)日本では・・
「預金」だらけだよ!

というのは
やっぱり「いびつな状況」でしょう。


もしかすると、
いくつか理由があるかもしれません。

1.自分の職業ほど、
自分のお金について
真剣に考えてこなかった。


2.お金は「自分のもの」
という意識が強すぎる。



2.に関して言うと、
「持っているお金」とは
あくまで自分のものであり、

上手に「使う」ことや、
時間をかけて「育てる」ことで

別の「お金の可能性」を引き出せる、
具体的には
「世の中」に働きかけることが出来る、


ということを
知らない人が多すぎるのだと思います。

あなたのお金は
私的な財産であると同時に、
社会の中で使われる
公的な存在でもあるわけです。


お金を「貯める」という型は、
お金のあり様の、一形態に過ぎません。


「使う」「育てる」「借りる」「貸す」
「委ねる」「労わる」「出資する」「募る」・・

募るっていうことで云えば、
昨今では、
クラウドファンディングを通じて
可能になっていますね。


「募る」側は、
お金を通じて他者と交わりながら、
自分がしたいこと、
すべきことを世間にコミットできます。

また「他人のお金」が関わるからこそ、
その行い(プロジェクト)に対して
責任が付加されていく・・。


一方、
「お金を出す」側は、

自分のお金に
「何らかの意味付け」をしたいという、
けっこう原始的な願いを

発露させることができます。

一例 クラウドファンディング
 「CAMPFIRE」




今後、お金のあり様が
どれだけ多様化していくのか、

これを見届けるのが
わたしの老後の楽しみのひとつとなるでしょうw

あ




| 抱負・個人的に思うこと | 13:16 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

意外に?インスタやっています


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

実はもうずいぶん前から
インスタグラム(Instagram)」をやっています。

毎日書いているブログは、
文章で自分をお伝えすること。

インスタグラムは、
写真で自分の個性をお見せすることです。

自分の気持ちの赴くまま、
(半分面白がって)投稿しています(^^;

よろしければ覗いてみてください!


これまで投稿した中で
いちばんのお気に入りはこちら。

IMG_1126.jpg

(実は
イギリスのEU離脱の是非を問う
国民投票の結果が出た日にアップしたもの(^^;




| 抱負・個人的に思うこと | 11:25 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ブロックチェーンが証券取引所の代わりになる日


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

おそらく後年
歴史の教科書では、

2008年は「リーマンショックの年」
であったと同時に、

ブロックチェーンが生まれた年」として
記憶されることになるでしょう。

(わたしもまだ勉強の途上なのですが、)
この画期的な技術は
たったひとりの人物から始まりました。

その人の名は?


サトシ・・。


この誰も知らない謎の人物
サトシ・ナカモトが発表した、

「ビットコインーピア・ツー・ピアの
電子通貨システム」という論文
ブロックチェーンという技術の起点になっています。

ブロックチェーンとは
ネット上で公開される
分散された『電子台帳』のようなもの。


すべての取引が
日時とともに
瞬時に「台帳」に記録されていきます。

この「分散台帳」は
世界中のコンピュータにコピーされ
誰も記録を書き換えられません。


Block-chain-GettyImages-953499010 copy


【一例】

ある資産が売買されると
素早く権利の譲渡(所有権の移転)が為され、

それが「電子台帳」にすぐさま記され、
最新の記録を
みなが「共有」するというイメージでしょうか。


今は仮想通貨が
ブロックチェーンの『乗り物』として
注目されていますが、

別に通貨だけではありません。

株式、債券、証書、不動産、
著作権をはじめとした知的財産権など
あらゆる資産の所有・譲渡が、

分散された『電子台帳』にアップデートされ、
その売買の履歴が永久に保存されていく。
(そして誰でもそれを見ることができる)


つまりはブロックチェーンこそが
ザ・マーケット】となる可能性を
秘めているのです。


6c037b63-325c-4a6e-a164-75f0c720810a.jpg


【バロンズ】のこちらの記事によりますと、

オーストラリア証券取引所は2017年、
ブロックチェーンを使って
株式決済システムを再構築することを決めています。

以下、
記事『ブロックチェーンを活用する企業』より。

豪証取は、
2020年または2021年に
新システムが稼働すれば、

現在の2日後よりも
早く決済ができる可能性があると述べている。



そういえば今年、
日本では株式の受渡日が1日短くなり、
「2日後」となる予定です。

しかし「ブロックチェーン」の技術を用いれば、
株式の受渡日は「1日後」
あるいは「即日」とすることも可能になるのでは?


そして
(突飛に聞こえるかもしれませんが、)

いつの日か
ネット上で運営される
『分散台帳』そのものが、

電子的な『証券取引所』になる日も
やって来ると思います。


えっ?
ちょっと飛躍しすぎですか?


dont-have-to-worry-about-money-anymore-sm.jpg


今のところ、
『ブロックチェーン』に
もっとも欠けているのは 信頼 でしょう。

これを醸成するための道のりは
決して平たんではありません。

ただ、わたしは

国ごとに分けられた
既存の『証券取引所』も、

株式の売買において
仲介機能を擁する『証券会社の役割』も、
やがて消えてなくなると思います。

そのときはじめて投資家は、
『マーケット』を真の公共財として
共有することになるのでしょう・・。

あ




| 抱負・個人的に思うこと | 17:42 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

山崎元さんのこと


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

山崎元さんに
はじめてお会いしたのは、
第1回インデックス投資ナイト』の
ときだったと思います(2009年の1月)

わたしにとっては
まさに「雲の上の人」で、

イベント当日、
直接お話ししたかどうかも
はっきり覚えていません・・(-_-;)


001.jpg


2009年よりずっと前、
まだFPとして駆け出しだった頃、

山崎元さんの本、
お金がふえるシンプルな考え方」(2001年)
を読みました。

「FP(ファイナンシャルプランナー)として
はっきり自分の考えを言っていいんだ。
いや、「言うべきなんだ」と、

山崎さんに
後ろから背中を押してもらえたような、
そんな気持ちになりました。


第1回インデックス投資ナイトが
終わった直後、

わたしは恐る恐る、
山崎さんのオフィシャルブログ、
王様の耳はロバの耳!」に
コメントを書き込みました。

たしかインデックス投資ナイトの
座談会の中で、

 「FPはまだ
F(フリー)でP(プア)な存在ですね」と、


山崎さんにいじられた?記憶があったためです(^^)

わたしのコメントに対して
山崎さんはすぐにレスポンスをくれました。

その言葉が以下です。


山崎元さん

山崎さんの言葉は、
とても嬉しかったです。

10年近く前から、
FPが本来あるべき姿を、
山崎さんは的確に捉えられていたのだと、

今さらながら、感嘆する次第です。


TSU882_orenonatugakita--thumb-1000xauto-18452.jpg


(先はどうなるか分からないけれど、)
自分と同じような考えを持っている
著名な人が
こうやって存在するんだ。

「この信念を持ち続けよう・・」と
わたしには思えました。

わたしのオフィスの引き出しには、
今も紙に印刷した
この山崎さんの返答が入っています(^^)



特に、

将来、フリーなFPこそが
プロフィッタブルだという時が来るといいですね。


というお言葉は、

まるで意思を持った鐘(かね)のように
わたしの胸に、
ゴーンゴーンと響いてきます。


〇 あらゆるしがらみから独立しており、
〇 安易な儲けに走らない、
(= 商品を売って手数料稼ぎをしない)


ということが、

長い目で見て
もっともプロフィタブル、
つまり、もっとも持続可能性が高い
ビジネスモデルであるはずだと、

わたしは2018年現在、
確信するに至っています。

山崎さん、ありがとうございます。
そしてこれからも、どうぞよろしくお願い致します。

(バランスファンドに関しては、
ちょっと意見が違いますけど・・・(^^;)

あ




| 抱負・個人的に思うこと | 13:57 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

商売人って悪い存在なの?


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

わたしが小学校低学年のころ、
(昭和51、52年頃)

自宅が面した路地は
まだ舗装されておらず、
(たしか)むき出しのだったと
記憶しています。

わたしが育ったのは神戸の下町、
工場街でした・・。

正確にいうと、
中小の作業所、内職の家、
ミシン場などが密集する区域でした。


みな貧しかったのですが、
その中でも格差、区別というのは
強烈に存在していて、

たとえば、
木造の長屋に住む子から見れば、

(たとえ路地の中でも)
コンクリート造の家というのは
もう「豪邸」に見えたものです。


子ども同士で
経済的な格差が表れるのは
お小遣い」でした・・。

皆で駄菓子屋に馳せ参じるのですが、

50円のモノが買える子もいれば、
必死に5円、10円のモノを
探している子もいました。

当時の親たちはおそらく
その日を生きるのに
精一杯だったのだと思います。


わたしが育った路地周辺は、
婦人靴、紳士靴の分業集積地で、
あと小規模な鉄工所もたくさんありました。

要は「職人気質」の親たちが
多かったのですね。

そういう人たちから見ると、
商売人というのは、
ちょっと「異形の姿」だったのでしょうか。

親たちはよく、
近所の商店主などの噂をしていました。

「あの家はね、
商売人だからかなわないよ」


とか・・。

「商売人だからかなわないよ。」


??

これって、
お金儲けをしている人に対する、
羨望というか、

ある種の「妬み」みたいなもの
だったのでしょうか・・。


gf01a201502152000.jpg


今となって思うことですが、
職人も自営で商売しているわけですから、
「同じ商売人」なんですけど・・(笑)

職人気質からすると、

「我々の仕事は金儲けだけじゃない、
誇りというか矜持があるんだ!」


みたいに思っていたのでしょうか。

「こっちは商売人とは違うんだ」


という、
ヘンな自意識が
あったのかもしれません。


そして面白いのは、
「お金儲けではないんだ!」
と言いながら、

職人さんの中には
お金に対してだらしなかったり、
酒やギャンブルに溺れる人も
いたように記憶しています・・。


商売(しょうばい)。

あなたはこの言葉を聞いて
なにを・感じますか?

あざとい、
ちょっとずる賢いような面を
感じてしまいませんか?

お金を儲ける(=商売)に対して、
日本人は今もどこかで、

後ろめたさ」のようなものを
抱いているのでは?


それが少なからず、
投資」という行いにも
影響を与えているような気がします・・。


商売(しょうばい)をして、
お客さんに
モノ・サービスを提供し、
それを買ってもらうとは、

お客さんに「価値」を提供することです。

お客さんのほうは、

「あれ?これって価値ないよ」


と感じれば、
二度と買ってはくれないわけですから。


繰り返し買っていただいて
受け取る「代金」は、

いわば「価値」提供に対する
対価です。

儲ける、利益を得るということが
「悪」ではなく、

適正な利益はむしろ
「立派な善」なのですね。



なぜなら、
適正な利益を得ないと、

お客さんに対して、
継続してモノ・サービスの提供が
出来なくなるためです。



10-emag-WP-friendship-iStock.jpg


そして、
小さな商売がたくさん興れば、
やがてその中の一部が「ビジネス」となり、

それが「会社」になって、
多くの人の勤め先になったり、
それなりの税金を納めたり、

たくさんの人の「給与」を支払う
存在になれば、

それはもう、
社会に貢献する
「事業」と呼べるものになります。


こんにち、
何万人の従業員を擁する大会社も、

最初は小さな箱
(= 小さなひとつの商売)に
過ぎなかったわけです。

もっともっと、
「小さな箱」を興す人を評価してあげる・・。

そういう社会になればいいなあと、
最近思います。

あ



| 抱負・個人的に思うこと | 18:52 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT