FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

学校なんて、ただの四角い箱です


こんにちは。カン・チュンドです。
(今日は投資とは関係のない話となります・・)

今でこそわたしは、
英語がそこそこ分かるようになりましたが、
学生時代は英語が嫌いでした。
(いや、大キライと言ったほうがより正確でしょう)

大キライ+不得意でしたので、
英語に対しては、
まったく興味が湧かなかったのです。

(プラス、わたしが中学、高校と
授業を受けた英語の先生というのがまた、

インテリを鼻にかけた、
いかにも高学歴を誇るような輩で、
まったく好きになれませんでした・・)

20歳になってアメリカに行こうと決めたときも、
わたしと英語をつなぐ接点は「映画」のみでした。

当時はVHSのビデオしか存在せず、
毎日アメリカ映画を借りてきて、
小さなテレビ画面の下のほうを画用紙で隠して、
来る日も来る日も映画を見ていました。

したがって、
わたしにとって「英語」は、
文法ではなく「口語」です。

わたしにとって「英語」とは、
高度な勉強ではなく、
異なる文化圏で生きるための「同化作業」
そのものでした。

※ 今でも言語の習得は勉強ではなく、
習慣そのもの」と考えています・・。

そしてわたしはアメリカ南部、
アラバマ州に渡ったのですが、

その目的がきちんと「教育」を受けること、
きちんと「学校」に通うことだったかというと、
また、それも微妙です・・。

先ほどの映画の話に戻りますが、
わたしは当時、
「ミシシッピー・バーニング」という映画を観ていて、
米国南部の黒人問題に興味を持っていました。

できれば、米国の南部に行って、
リアルなアメリカ、
本当のアメリカを見たいと思ったのです。

わたしは高校を中退して、
大学入学資格検定を受けたクチですので、
(なんと言いますか、)
昔から【学校】というところがどうも苦手で、
性に合いませんでした。

あの、四角い箱の中の、
上から下まで制御された「システム」、

同じ方向を向いて、
皆と同じように「群れる」ことを
強要される雰囲気が、
どうしても好きになれなかったのです。

(それに、そのシステムの
しもべともいうべき先生たちも、
わたしにとっては
向こう側で「群れている」人たちに見えました..)

個人的な経験ですが、
わたしが出会った学校の先生たちの中で
魅力的だなあと思うひとは、
たった一人しか存在しませんでした。

万一、このブログを今10代の人が見ていて、
その人が、
【学校】という生活空間そのものや、

学校での人間関係
(友達・先生など)で悩んでいるのなら、
声を大にして申し上げたいのです。

その悩みは(あなたの人生の中で)
ぜんぜん大したことありません!】

学校に行かなくても死にませんし、
学校を辞めたからといっても死にません。

たとえ「学校」という道が
いったん閉ざされたとしても、
別の道】は存在するのです・・。

(今、この年になって思うのですが、
学校に行っている期間なんて、
人生時間のスパンでいえばほんの一瞬のこと・・)

ご注意)わたしは勉強をする必要がない、
と言っているのではありません。
今の時代は、学校という場所でなくても、
勉強することは可能だということを申し上げたいのです。

今は、学生生活そのものが、
あるいは、学校の友だちとの交流が、
生活の「中心」を占めていると思いますが、

学校で出会う友だちも(少し冷めた言い方をすれば、)
たまたま一緒にいるだけです。

(40歳を過ぎて思いませんか?)
学生時代の友人と、
今も友だちでいるなんて、ある意味奇跡です。
(ほとんどの学友とは、自然と付き合わなくなるのです..)

そして、
【⇒ ほんとうの人生は、
 学校の門を出たあとに始まります・・】

まだ(人生の)予告編しか観ていないのに、
「ワタシの人生はもうだめだ・・・」なんて、
くれぐれも思ってしまわないように!

わたしなど、
小学校~高校で学んだことなどあまり覚えていません。

皮肉にも、わたし自身が
高校に行かなくなってから読んだ本の中で、

石油とは、太古からの生き物の死骸が
熱で変成して出来たものである・・。―
という一文を発見し、

そうか、自分たちは
「先祖の死骸」で生きているんだということを学び、

その学びこそが
10代のうちで最大のものであったと今でも思っています。

実はわたしも小学生のとき、
いじめられていました。
当時は、学友の多数から「無視」されていました。

当然、「無視」するターゲットは、
移り変わるわけですが、
自分が「無視」されるターゲットから外れ、

今度は別の学友を、
(他のみんなと)無視していたことを、
今でも、とても恥ずかしく思っています..。

私たちは学生時代も、
そして社会人になってからも、
群れ」の呪縛から、
なかなか逃れることが出来ません。

しかし、ヒトは、
群れの原理から進化したからこそ、
ヒトになり得たわけです。

みなと同じである必要はないのです。
(学校なんて、ただの四角い箱です・・)

似顔絵




関連記事

| 抱負・個人的に思うこと | 13:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT














TRACKBACK URL

http://tohshi.blog61.fc2.com/tb.php/1708-f74ed117

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT