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その4)マネー・ドキュメンタリー 『俺の1800万円どうしよう?』


 その4)

工場内の灯りは窓から差し込む光と相まって
白く輝いて見える。
午後になって、それぞれの持ち場が変わった。

オレはヒールの圧着をしながら、
池さんに本体の圧着を頼む・・。

だいぶ靴が溜まってきたので、
ノブオと来たばかりのバイトの斉藤くんに
型抜きを急いでもらう。

ふたりはオレが知らないバンドの名前で
盛り上がっていた・・。

「池さん。圧着終わったら、
あとで中底打ちお願いします。」
池さんは蚊の泣くような声でおう、と言う。

トーラスター、つまり、
甲皮の貼り付けを終えたゲンさんが、
型抜きを始めたとたん、叫んだ。

「おい、この本底、型番763じゃねえか!」

ゲンさんは叫んだついでに、
釘打ちから、窯入れから、グラインダー削りから、
すべての作業を止めさせる。

オレは型抜きを終えた靴を見た。

よーく見ると、たしかに、
土踏まずのところが微妙にずれている。
ほんの少しだけ、
本体に比べて底の面積が少ないのだ・・。

形がよく似ているため、
型番763の本底を、型番762と間違えて、
専務さんが段取りしてしまったのだろう。

「おい、翔太。ちょっと専務さんに確認してこい!」
オレは事務所に走った。

ゲンさんは貼工さんたちの手を止めさせ、
型番762の本体の一部に、
型番763の本底が貼られたことを告げる。

オレは専務さんと一緒に、
すでに段取りが出来ている
型番763のカゴをサイズごとに確認して回った。

本底を調べてみると幸い、
型番763と型番762が入れ替わっていたのは、
23センチと、23.5センチだけだった。

しかし、間違えて作ってしまった本底をはがし、
型番762の本底に貼り換えないといけない。
現場では貼工さん達が文句を言っている。

「ゲンさん、間違って貼った分も
ちゃんと足数に数えてくれるんだろうね。」

「それは専務さんと相談して、ちゃんとするから」

「何が相談だよ。
そんなことなら今日はもう貼らないよ!」
「そう、かっかするなよ」

ゲンさんがまたオレに目配せする。
再び事務所に走って専務さんに事情を説明する。
専務さんは伝票を手に、
ひとりひとりの貼工さんに説明して回った。

「足数は間違っていた分も含めて、
すべてカウントしますので・・。ほんとうにすみません」

バイトの斉藤くんはきょとんとした顔をして、
事の成り行きを見守っている。
池さんは相変わらず、中底打ちを続けている。

ほんらいは型番762が終わって、
型番110を貼っている時間だが、
この様子だと大幅に遅れそうだ・・。

ゲンさんは型番110のトーラスターにかかり、
オレが型番762の残りをひとりでやることになった。
ちょうど体に疲れを感じる時間帯に、
オレは目一杯動いて、現場の遅れを取り戻そうとする。

ラスト(木型)の音もヒールの圧着音も、
もはや気にならない・・。
工場内の音はやがて小さくなり、
空気が膜を作ったように見えてくる。

オレの体がひと回り軽くなって、
膜の空間に浮かんでいるようだ。

久しぶりに夜食を頼んで、みなでラーメンを食べる。
そして、21時過ぎにようやく仕事を終えて、
オレはバイクに跨った。

「お疲れサン。」
「お疲れさまです・・。」

夜はどっぷり暮れている。
仕事が終わると、
みな、職人という衣を脱いで素に戻っていく・・。

それにしても専務さん、どうしたんだろう。
疲れているのだろうか・・。

いや、それより明日の事だ。
池さんはまた休みそうな雰囲気だったし・・。
明日は木曜だから、斉藤くんが来ない日だ。

明日の段取りのことを考えていると、
だんだん気が重くなってくる。

それにしても、
貼工の山中さんのあの言い様はなんだ。
あれじゃあ、最初から喧嘩ごしじゃないか・・。

オレは少しずつスピードを上げながら、
量販店やファミレスが並ぶ幹線道路を走り抜ける。

だいたい、貼工さんは
自分たちの足数のことしか考えていないし。

それに、専務さんも、
あんなにぺこぺこ謝る必要なんかないのに・・。

オレは駅前のショッピングセンターを越え、
線路を渡って2車線の県道に入った。

やっぱり明日は、
製品場からヘルプ来てもらおうか・・。

次の信号を見ながら、
足の位置を入れ換えたとたん、
横手の細い道からワゴンが飛び出してきた。

オレはドンッという衝撃を感じて、
目の前が一瞬真っ白になった。
オレの体が斜め前方に飛んで、
対向車のトラックと接触する。

そのとき、俺の左足が
トラックの前輪に巻きつくような形になったらしい。
そのときの痛みを、オレはかすかに覚えている・・。

交通事故の当事者になったのに、
オレはそれがまだうまく飲み込めないでいた。

意識が覚醒してきて、
全身に痛みを感じ始めたのは、病院に着いてからだ。

オレはさっきからウォーウォーと
土の中にいる小動物のように呻いている。
それにしても、とんだことになったな。

レントゲンを撮られ、MRIを撮られ、
数時間待たされたあげく、手術ということになった。

おれは痛みで意識が朦朧としていたが、
手術の許諾のサインが要るという。
オレは右手で字にならないオレの名字を書く。

手術は5時間かかって終わったらしい・・。




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