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「牛のいる海景(深い淵の上で)」


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

去年、妻とふたりでブリヂストン美術館に行き、
ゴーギャンの
『牛のいる海景(深い淵の上で)』という絵を見ました。

とても不思議な絵です・・。
あいまいな色の塊がいくつか「ドン! ドン!」と
置かれているような絵、なのです。

海と、
そこからせり上がっている岬と
大きな岩の塊と、
そして牛を描いているのですが、

遠近感がなく、
細かい線も存在せず、
立体感を生む細かな色使いもありません。

(なんと云いますか、
一歩間違えると、中学1年生が描いた絵になります・・)

別の日、
オフィスの近くにある三田図書館で
ゴーギャンの画集を見ていたら、

ある解説文の中で、
次のような文言がありました。

○ 印象よりも象徴を。
○ 自然の再現というより、解釈を。
○ 一部の描写より、全体の暗示を。



つまり、
ゴーギャンの絵というものは
『象徴であり、解釈であり、暗示である』
とその本は喝破しているのです。

(だから、不思議な絵と思われて当然・・)

ゴーギャンは、
自身の絵のスタイルを際立たせるため、
意識して、
中学1年生が描く絵を創り上げたとも云えます。

どんな表現者も、
その人なりの【スタイルの確立】を求められますが、
ゴーギャンは終世それを追い求めた人でした・・。

『自然の再現というより、解釈を。』
という命題は、

まさに写実である旧来の絵から離れ、
絵を再クリエイトする行為であり、
100年以上前に、それを模索した
ゴーギャンの苦悩はいかほどのものであったでしょう。

普段、私たちは忘れがちになりますが、
あらゆる表現(書く・話す・聞く)作業の中に、

これまでに見たこともない
斬新の欠片が存在することを、
常に意識しておきたいものですね・・。

牛

『牛のいる海景(深い淵の上で)』




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