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田中一郎さんの『ポートフォリオ一代記』 その1)


(以下、もちろんフィクションです・・)

こんにちは、田中一郎です。
ぼくの最初の挫折は大学受験の失敗でした。

といっても、
友達の勝木くんもぼくと同じ浪人生となり、
ぼくとしては高校の延長のような感覚でした。

予備校の入学願書を出すときに、
「えー、お金こんなにかかるんだ・・」と
はじめて実感したような呑気な人なのです。

予備校の1年分の授業料である
100万円単位のお金を、
ぼくの親はポンッと出してくれました。

それまで100万円というお金なんて
見たこともなかったですし、
100万円というお金の重みも
ぜんぜん実感できませんでした。

たまに予備校をさぼって
パチンコに行っていた自分を、
今では恥ずかしく思っています・・。


一浪してなんとか大学には入れたのですが、
目的を見出すことが出来ず、

まるで『どうせオレなんて病・・』に
かかってしまったようになり、
けっこうネガティブな4年間を過ごしました。

(在学中に同じサークルの女の子に
生まれてはじめて告白したのですが、

「ぼくは、ぼくは・・」と
自分のことばっかりしゃべって
見事に振られてしまいました・・)

大学を出て就職したのは
通信機器関連の会社です。

それまでの自分を変えたくて
営業部を志望しました。

朝から晩まで電話を掛け続けました。
また、2年目からは何十棟という、
知らないオフィスビルの
知らない受付に通い、アポ取りに励みました。

なかなか仕事がうまくいかず、
ストレスを抱える中で
ぼくはお酒を飲むことを覚えました。
(もともとお酒とかタバコとか嫌いだったのです)

憂さ晴らしのために同僚と
キャバクラ通いをした時期もありました。


今から考えると
そんなバカなことが出来たのも、
実家から会社に通っていたからなんですね。

ぼくは当時、家にはぜんぜんお金を入れず、
毎日毎日その日暮らしで
生活しているような状況でした。

仕事はうまくいかない・・、
女の子との縁もない・・、
そんな中で、
同僚から「株(カブ)の話」をはじめて聞きました。

なんでも取引先の関連会社が
これからIT関連の株として伸びるらしいと
同僚は言っていました。

ぼくの同僚は身銭を切って
その「ABC会社」の株を10株分買ったんだと
言っていました。

ぼくもその同僚の話を聞き、
当選確率が高い宝くじを買うような気持ちで
夏のボーナスを
「ABC会社」の株につぎ込んだのです。


生まれてはじめて、
株の値段が上がる高揚感を味わいました。

なにしろ、こちらが何もしなくても、
自分のお金が殖えていくのですから、
笑いが止まりません・・。

毎日、株価をチェックするのが日課になり、
気持ちも段々大きくなって、
次に狙う株を物色していたりしました。

しかし、突然ITバブルが弾けて、
その「ABC会社」の株は十分の一になりました。

2000年の5月のことです・・。

ぼくは生まれてはじめて、
息苦しくなり、
胃からモノがせり上がってくるような
なんともいえない不快感を味わいました。

そのときなぜか、
親が予備校の授業料として
出してくれた100万円や、

4年間、大学に通うために出してくれた
何百万円というお金の重みが、
ぼくの頭の隅に降りかかってきたのです。


time-management.jpg


お金を『稼ぐ』ことを疎かにして、
お金を『殖やす』ことは出来っこないと、
そのときはじめて悟りました。


それからしばらく
ぼくは株から遠ざかっていました・・。


社会人になって6年目に
今の会社(ECサイト構築支援)に転職して、
ようやく仕事にやりがいを覚え始めました。

小さな会社ですが、
意思疎通がフラットで、
自分の意見が言いやすく、
そして他人の意見も聞きやすい職場なのです。

(今から思えば、
ふとしたことがきっかけとなり、
それが小さな起点となって、
物事は好転したりするものなのですね)

当時のぼくは鉄道が好きで、
いわゆる『撮り鉄』
―列車の写真を撮る鉄道マニアのことですー
だったのですが、

その鉄道マニアの会で
今の奥さんと知り合いました。

ちょうど景気も回復基調で、
ぼくの収入も順調に増えてきたので、
好事魔多しといいますか、
また昔の悪いクセ?が頭をもたげてきたのです。


ほんとうに久しぶりに、
マネー雑誌の類を見てみたのですが、

インド株オープンという投資信託が
すごい成績を上げているようで、
ぼくはそのファドに貯蓄の中から
150万円ほどをつぎ込んでしまったのです。

インド株オープンの価格は
どんどん上昇していき、
ぼくは当時付き合っていた奥さんにプロポーズします。

(今でも忘れません、
恵比寿ガーデンプレイスの
いちばん眺めがいいベンチででした)

それが2007年8月のこと・・。

でも、今から考えてみると、
インド株オープンの価格が上昇していき、
⇒ プロポーズするって、
やっぱりヘンですよね。

ぼくたちは
2008年の2月に結婚するのですが、
その頃からインド株オープンの雲行きが
怪しくなってきました。

2008年の9月にリーマンショックが起こって、
ぼくのインド株オープンは
値段が半分以下になりました。

ぼくは思い切って奥さんに
自分が投資をしていること、
そして、
大きな損を抱えていることを告白したのです。

そのとき、
奥さんが言った言葉が今でも忘れられません。

「それ(損)ってレッスン料だね。
ちゃんと勉強してないとうまくいくわけないじゃん。」


続く・・)

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