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インデックス投資の歴史 その3)


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

このブログは2004年にスタートしていますが、
もう、何十回、何百回と
『市場平均』という言葉が登場しています。

私たちはなにげにこの
『市場平均』という単語を使っていますが、

⇒「市場平均」を観測することと、
 「市場平均」を作ることは、
  まったく意味合いが異なります。


毎日ニュースで見る『市場平均』とは、
日々厳密に計測される
「市場の体温」のようなもの・・。

「今日のダウ平均はいくらだった?」
これを克明に記録しているわけです。

しかし、たとえば
「ダウ平均と同じ運用商品を作る」
ということは、

『市場平均』というリターンを実現する
金融商品の開発なのです
(ホントです!)


たまたま、
チャールズ・シュウェイダーさんの
お父さんがサムソナイトの経営者であり、

同社の年金基金の運用を、
ウェルズ・ファーゴ銀行に任せたことから、
史上初の壮大な実験が始まります。

すなわち、
『市場平均』の金融商品を作ろう!

1971年、ウェルズ・ファーゴ銀行は
世界初のインデックス・ファンドを組成しました。
当時の運用元本はおよそ600万USドル。

ウェルズ・ファーゴ銀行は
ニューヨーク証券取引所に当時上場していた
1,500社の株式をすべて同じ割合で保有し、
バランスを保とうとしたのです。

ところが、運用の実態は、
後年ウィリアム・ファウスが
「まるで悪夢のようだった」と述懐するように、
お粗末なものでした・・。


運用チームは
全株式の組み入れ割合を均等に保つため、
頻繁にリ・バランスを行いました。

(すなわち、保有株数の一部を売却し、
一部を買い増しする作業です・・)

1971年当時、株式の売買手数料は
まだ自由化されておらず、
取引コストが予想以上にかかってしまったのです。

結局、ウェルズ・ファーゴ銀行の
運用チームは、1973年に運用方法を変更します。

(S&P500指数との連動を目指す
運用に切り換えました。
時価総額によって銘柄の組入れ割合に
ウェイトをかける方法ですね)

同じ1973年に、
アカデミックの分野でも
新しい動きがありました。

プリンストン大学のエコノミスト、
バートン・マルキールが
【ウォール街のランダムウォーカー】を出版します。

最新のランダムウォーカーはこちら。




翌年74年には、
ポール・サミュエルソンが
ノーベル経済学賞を受賞しました。

サミュエルソンは投資の新たな選択肢として
「インデックス・ファンド」の必要性を説き、

どこかで誰かが個人投資家向けに
インデックス・ファンドを
立ち上げるであろうと予測しています。

このような流れの中、
個人投資家向けに
「インデックス・ファンド」立ち上げを
決意したのが、
ジョン・C・ボーグルさんでした。

ボーグルさんはフィラデルフィアの
ウェリントン・マネジメントに入社後、
社長にまで上りつめますが、
合併の影響などで会社を追われました。

その後、ボーグル氏は
ウェリントン・マネジメントが運用する
ファンドの「運用管理」を、
新たに設立したバンガード社で行ったのです。

(バンガード社の設立は1974年でした・・)

そして1975年12月31日、バンガード社は
個人向けで初めてとなるインデックス・ファンド
「First Index Investment Trust」を設定します。

(S&P500との連動を目指すものでした)

★ この試みは当初、
“Bogle's Folly”(ボーグルの愚行)と
呼ばれたのです・・。

フィデリティインベストメントの
エドワード・ジョンソン氏のコメント

「多くのアメリカ人が市場の平均で満足するなんて考えられない。」


また、インデックス・ファンドは
アメリカ人にフィットしない商品であるとも言われました。

(なぜなら、アメリカ人は
年少の頃から「平均」ではなく、
他者に抜きん出ることを目標に行動するよう
教えられているからです・・)


ここで話は少しそれますが、
ダイヤモンドオンライン上で

セゾン投信代表の中野晴啓さんと、
バンガード・インベストメンツ・ジャパン前代表の
加藤隆さんの【対談記事】が掲載されています。

『世界最大の投信会社は7年間資金が減り続けた…。
バンガードはなぜ資金を集めることができたのか?』


この中で加藤隆さんは、
バンガード社は1977年に早くも『直販』を
スタートさせたと語っています。

(『直販』= 運用会社が直接投資家にファンドを販売すること)

中野 直販からスタートしたのには、
何か理由があったのでしょうか。

加藤 日本と同じですよ。
結局、販売金融機関にファンドを売らせると、
どうしても手数料の高いファンドをすすめたり、

手数料収入の最大化を目指して、
短期売買に顧客を誘導するインセンティブが働きがちです。

当然、それは投資家の手数料負担を増やすし、
ファンドの運用にとっても良いことではない。
ということで、バンガード社は直販をスタートしたのです。


しかし、バンガード社の経営が
最初から順風満帆だったかというと
まったくそうではありませんでした。

加藤隆さんは対談の中で、
こうおっしゃっています。

加藤 それはもう苦労の連続だったと聞いています。
さっき、バンガード社がスタートする時点で、
預かり資産が
25億米ドル(2500億円)ほどあったと言いましたが、

会社をスタートさせてからというもの、
ずっと資金流出が続いたのです。

何と80ヵ月連続ですよ。約7年間ですね。
約6億米ドル(600億円)まで減ってしまいました。
そして、ようやくそこから資金純増に転じたそうです。


1980年、バンガード社はファンド名を
「バンガード500インデックス・ファンド」に
変更しますが、

結局1985年になるまで、米国内で
インデックス・ファンドを設定する他の運用会社は
一社も現れなかったのです・・

(んー、いつでも多数派が正しいとは限らないのですね)

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