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投資信託という贈り物・・


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

1868年といえば、
日本では「明治維新」の年です。
この年の7月、江戸は東京に改称されました。

資産運用的にいえば、
世界初の投資信託が誕生した年、
それが1868年です。

投資信託というツールは、
資産運用の「大衆化」の先駆けとなりました

誰が、どのように発想して、
商品化にまでこぎつけたのか、
一介の投資家であるわたしには知る術もありませんが、

とにかく、
世界初の投資信託の名前は、
「フォーリン・アンド・コロニアル・ガバメント・トラスト」
といいます。

イギリスで発売されました。

今の感覚でいうと、
『外国債券ファンド』でしょう・・。


この商品以前は、
投資という行いは文字通り、
超富裕層(= 資本家)たちのものだったのです。

何しろ「ファンド」という形態は
なかったわけで、
個別の株式とか、
個別の債券を選ぶ投資のみだったのです。

たとえば、
あなたがロンドンで雑貨屋さんを営んでいて、
小金を貯めて
そのお金を銀行に預けていると想像してみてください。


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果たして、
一介の小金持ちに、
ひとつの株式やひとつの債券が、
ポーンと買えるような状況だったでしょうか。

なにしろ19世紀です。

資本主義は今よりずっと未熟で、
『債券』でいえば、
借りたお金を返せなかった・・
『株式』でいえば、
事業が破たんした・・

という『リスク発生の確率』は、
今よりうんと高かったはず。


しかも、
有価証券に関する情報は
今ほど広く流布してはおらず、

本当にホットな
政治・経済の情報なども、
富裕層たちの中でのみ行き来していた
と推察されます。


要するに、
ロンドンの雑貨屋の主人にとっては、

〇 情報がとても限られている。
〇 その中で、ひとつの株、ひとつの債券を
選ぶのはとてもリスクが高い
(それに、購入単価もそこそこ高かったはず)

ということで、
投資に躊躇してしまうこともあったのでは・・。


ましてや、
情報がさらに限られる
海外の「株式」や「債券」なんて、

「とてもじゃないけど無理ムリ」
という雰囲気だったことでしょう。

ところで・・、
『必要』は 発明の母 です。


★ 投資信託という道具は、
当時勃興しつつあった中産階級、
小金持ちの人たちの、

「ちょっとでもお金を増やしたいなあ」
「でも究極のハイアンドローみたいな
投資はイヤだなあ」

というニーズに応えるため、
発明されたと云ってよいでしょう・・。

・資本家みたいに大きなお金はないよ。
・ひとつの銘柄を選んで、
当たり外れが大きいのはちょっと怖いなあ。
・情報がきわめて限られているから心配だ。

といった、
消費者にとっての
『ネガティブ要素』を、
投資信託は、
創意工夫で持って覆していったのです。



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世界最初の投資信託
「フォーリン・アンド・コロニアル・・」では、
今日の投資信託の【骨格】
すでに出来上がっています。

〇 共同購入の概念
小口の資金をたくさん集めて、
それを大きな束にし、
債券を購入する

〇 分散投資の概念
たくさんの国の、
たくさんの証券(この場合「債券」)に
分けて購入する

※ 今よりも個々の銘柄の
「信用リスク」が高かったため、

この分散投資の仕方の発明は、
まさに「絶大な潜在ニーズ」のおかげ、
と云ってよいでしょう。


また、「フォーリン・アンド・コロニアル・・」はすでに、
投資資産全体の中で、
1銘柄あたりの投資比率に『上限』を設けています。


〇 運用の実際は専門家に任せる

当時、情報がきわめて限られていため、
外国証券に投資する際には、
(より情報を持っている)
専門家に任せることが
きわめて理に適っていたと推察されます。

ところで、
Trust という英語を
「信託」と訳したのは
なかなかの名訳だと思いませんか。

以下、信じて託す
「フォーリン・アンド・コロニアル・ガバメント・トラスト」
の有価証券です。
(1871年、3度目の募集時のもの・・)

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