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商売人って悪い存在なの?


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

わたしが小学校低学年のころ、
(昭和51、52年頃)

自宅が面した路地は
まだ舗装されておらず、
(たしか)むき出しのだったと
記憶しています。

わたしが育ったのは神戸の下町、
工場街でした・・。

正確にいうと、
中小の作業所、内職の家、
ミシン場などが密集する区域でした。


みな貧しかったのですが、
その中でも格差、区別というのは
強烈に存在していて、

たとえば、
木造の長屋に住む子から見れば、

(たとえ路地の中でも)
コンクリート造の家というのは
もう「豪邸」に見えたものです。


子ども同士で
経済的な格差が表れるのは
お小遣い」でした・・。

皆で駄菓子屋に馳せ参じるのですが、

50円のモノが買える子もいれば、
必死に5円、10円のモノを
探している子もいました。

当時の親たちはおそらく
その日を生きるのに
精一杯だったのだと思います。


わたしが育った路地周辺は、
婦人靴、紳士靴の分業集積地で、
あと小規模な鉄工所もたくさんありました。

要は「職人気質」の親たちが
多かったのですね。

そういう人たちから見ると、
商売人というのは、
ちょっと「異形の姿」だったのでしょうか。

親たちはよく、
近所の商店主などの噂をしていました。

「あの家はね、
商売人だからかなわないよ」


とか・・。

「商売人だからかなわないよ。」


??

これって、
お金儲けをしている人に対する、
羨望というか、

ある種の「妬み」みたいなもの
だったのでしょうか・・。


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今となって思うことですが、
職人も自営で商売しているわけですから、
「同じ商売人」なんですけど・・(笑)

職人気質からすると、

「我々の仕事は金儲けだけじゃない、
誇りというか矜持があるんだ!」


みたいに思っていたのでしょうか。

「こっちは商売人とは違うんだ」


という、
ヘンな自意識が
あったのかもしれません。


そして面白いのは、
「お金儲けではないんだ!」
と言いながら、

職人さんの中には
お金に対してだらしなかったり、
酒やギャンブルに溺れる人も
いたように記憶しています・・。


商売(しょうばい)。

あなたはこの言葉を聞いて
なにを・感じますか?

あざとい、
ちょっとずる賢いような面を
感じてしまいませんか?

お金を儲ける(=商売)に対して、
日本人は今もどこかで、

後ろめたさ」のようなものを
抱いているのでは?


それが少なからず、
投資」という行いにも
影響を与えているような気がします・・。


商売(しょうばい)をして、
お客さんに
モノ・サービスを提供し、
それを買ってもらうとは、

お客さんに「価値」を提供することです。

お客さんのほうは、

「あれ?これって価値ないよ」


と感じれば、
二度と買ってはくれないわけですから。


繰り返し買っていただいて
受け取る「代金」は、

いわば「価値」提供に対する
対価です。

儲ける、利益を得るということが
「悪」ではなく、

適正な利益はむしろ
「立派な善」なのですね。



なぜなら、
適正な利益を得ないと、

お客さんに対して、
継続してモノ・サービスの提供が
出来なくなるためです。



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そして、
小さな商売がたくさん興れば、
やがてその中の一部が「ビジネス」となり、

それが「会社」になって、
多くの人の勤め先になったり、
それなりの税金を納めたり、

たくさんの人の「給与」を支払う
存在になれば、

それはもう、
社会に貢献する
「事業」と呼べるものになります。


こんにち、
何万人の従業員を擁する大会社も、

最初は小さな箱
(= 小さなひとつの商売)に
過ぎなかったわけです。

もっともっと、
「小さな箱」を興す人を評価してあげる・・。

そういう社会になればいいなあと、
最近思います。

あ



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