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ダンス・ダンス・ダンス


こんにちは。カン・チュンド です。
(今日は投資とは関係のない話です。)

正直、年を重ねると、感動しにくくなります。
(知っていることが多くなるからでしょうか?)

週末、友だちと一緒に飲んでいる居酒屋さんでも、
毎朝の通勤風景の中にある大きな樫の木でも、
鏡に映った自分の顔でもいいのですが、

ふと「あれ、ワタシってここで行き止まりなの?」
と思う瞬間が、
あなたにはあるでしょうか?


えっ、
わたしにはありますよ。

(ちょうどそういう年頃なのでしょう・・)


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数年前から、

「これからの時間」より
「これまでの時間」のほうが
もはや長いのだと自覚し始めました。


55歳や60歳になれば、
今よりもっと、
「これからの時間」より
「これまでの時間」のほうが長くなるわけで・・。


それは、
捉え方によっては
自分が【変わる、飛躍する】スペースが
どんどん小さくなることを意味します。

なんと言いますか、

既知の存在が、
未知の存在を
どんどん凌駕していき、

自分が(今のままで)どんどん固まっていく・・
そんな感じでしょうか?

(ちょっとした怖さを覚えます。)


とはいえ、
人は「諦めの悪い生き物」ですから、

「もしかしたら、
ワタシ自身が気付いていないわたしが
まだいるのでは?」とか、

「ある出来事をきっかけに、
ワタシの進路って大きく変わるのでは?」と
どこかで期待している自分もいるのです(^^)


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わたしは今、

「ある出来事をきっかけに、
ワタシの進路って大きく変わるのでは?」
と言いましたが、

読み返してみると
ニュアンスとしては、

『ワタシ』
外の世界(出来事)』を、
完全に分けて捉えているように思えます。


「外の世界」になんらかの作用があって、
ポンと出来事が起こり、
それがワタシを変えてくれる?

でも、ホントにそうでしょうか?


「外の世界」「世の中」「社会」、
いろいろな言い方がありますが、

よーく考えてみますと、
あなたと社会は
まったく分離しているわけではありません。

あなたもわたしも、
外の世界(世の中)を構成する者のひとりであります。



向こうからなにか運命的に「変化のタネ」が
飛んできて、
ワタシを変えてくれるとかは本当は「なくて」、

結局のところ、
変化のタネ」は自分でせっせと
蒔いていくしかないわけで・・。

66歳でも51歳でも30歳でも、
ただ「未来」を座して待っているだけなら、
心身はどんどん固まってしまいます。

『どんな明日が訪れるかは、
今日の自分の行動しだい。』

と思わないと、
生活にもハリが生まれないでしょう。


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それでも、
どうしようもなく無気力になるときもあって、

わたしの場合、
自分がくじけそうになったときは、
「国立西洋美術館」に行ったり、
長渕剛の「西新宿の親父の唄」を聴いたり、

村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」の
以下の一節を読み返したりしています。


羊男はこう言います。

以下、引用)

「踊るんだよ」

「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。
おいらの言っていることはわかるかい?

踊るんだ。
踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。
意味なんてことは考えちゃいけない。
意味なんてもともとないんだ。」

引用、終わり)



この小説は
心の葛藤のファンタジーです。

読む人によって
好き・嫌いは分かれると思いますが、
三連休中、どっぷり寓話にはまってみたい人にはおススメですよ。




ようやくKindle(キンドル)でも読めるようになりました(^^)




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