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10年前のわたし(光陰矢の如し)


こんにちは、
インデックス運用アドバイザーの カン・チュンド です。

朝起きて、ベランダに出てみると
冷気の中に澄み切った街が姿を現していました。

太陽が顔を出す少し前、
ちょうど景色が色付き始めるその瞬間に遭遇したのです。

思えば10年前のわたしは、
こんなに早起きすることはありませんでした。

10年前、29歳だったわたしは
不動産の仲介営業として働いていました。
(今とは随分違った自分がいたような気がします・・)

不動産の仲介業にとって最も大切なことは、
「売り物件」を持つことです。

売主から依頼を受けて、
たくさんの「売り物件」を保有することが、
売買の成約件数を増やすことにつながるからです。

「売り物件」を増やすためには、
不動産を売りたいと思っている人と
できるだけ多く【コンタクト】を取らなければなりません。

例えばマンションに 次のようなチラシを投げ込みます。

○○マンション居住者の皆様へ。

こちらのマンション購入を
検討されているお客様がいらっしゃいます。
ぜひ一度お問合わせください。

査定無料 迅速対応!

△△不動産 078-□□□-○○△△


夕刊が配られるのが3時ごろだとすると、
その後に(つまり、夕刊の上に載るように)
ポスティングするのが秘訣でした。

来る日も来る日も 3~5時にかけて、
チラシの投げ込みを行うのです。

このようなチラシは
会社の輪転機を使って刷っていました。
三千、五千の単位で刷って保存しておくのです。

また、法務局にも通い詰めました。
ちょうど神戸では 95年に震災がありましたので、
「空き地」がそこかしこにあったのです。

法務局で空き地(土地)の
登記事項証明書 を交付してもらい、
所有者の住所と、
空き地そのものの住所が異なっている場合は、
土地のオーナーを直接訪ねていきました。

「どこそこにお住まいのこういう方が、
 住宅を建てるための土地を探しています・・」

「今なら震災の特例で 5000万円の特別控除が使えますよ」

関西一円、いろいろなところに
「土地オーナー」を訪ねていきました。

9割は玄関先で断られますが、
(話し相手が欲しかったのでしょうか)
リビングに上げていただき、
お茶やお菓子をご馳走になったこともたびたびありました。

(実は)土地を探している方がおられます、
というのは 営業プロセスの「きっかけ」にすぎません。

土地オーナーから個別のニーズを詳しく聞き取り、
時には賃貸住宅を提案したり、
事業用資産の買い替え特例を利用することを
お勧めしたこともありました。

また(これは別の営業スタイルになりますが)
地元の信金、信組、地銀の人たちとも
できるだけ「つながり」を持つようにしました。

銀行というところは、アパートを建てるとか、
不動産を売りたい・買いたいなどの
「顧客情報」をけっこう持っていたからです。

今から考えてみますと、
さまざまな方面に百の種を蒔いて、
(やっとのことで)二つか三つ
実りを刈り取っていたのが、わたしの仕事でした。


でも、仕事は全然苦にならなかったです。
なぜなら、報酬 も大きかったからです。

よい「売り物件」を持っていれば、
他の不動産業者が 買主 を探してきてくれます。

めでたく 契約・決済 となれば、
会社には(原則)成約価格の 3% + 6万円 の
仲介手数料が入ってきます(別途消費税あり)

当時のわたしは歩合給でしたから、
仲介手数料の 30% が報酬としてもらえました。

例えば、3,000万円の一戸建てが売れれば、
96万円 の仲介手数料の 3割 ですから、約29万円 になります。

また、買主 も自分のところで探すことができれば、
売主・買主双方の「仲介」となり
(業界では 両手 と呼びます)
倍の仲介手数料 が入ってきます。

もしわたしが 買主 も見つけてくれば、
(上記の例でいいますと)約58万円 の報酬となります。

もちろん売買仲介の実際は、
重要事項の説明、契約、それに最終決済と、
神経を使う場面が多かったのも事実です。

(なんと云いますか、契約・決済時の
一種独特の 高揚感 というものは、
売買仲介を経験した者でないと分からないと思います・・)

しかし営業がうまく行かず、
数ヶ月間タコということもありました。
(まさに 三振かホームランか?のような
 生活を送っていたのですね)

その頃のわたしはローンを組んでクルマを買い、
夜はよく社長と飲みに出かけていました。

座るだけで数万円取られるような
ラウンジに行ったこともあります。
(そして、飲みに行ってするのはもっぱら「仕事の話」でした)

また、先述した金融機関の人たち、
あるいは住宅メーカーの人たちに対して、
「不動産の売りたい・買いたい」情報を得るため、
たびたび接待も行いました。

今は・・ほとんど飲みに行きません(家に直行です 笑)

当時のわたしは(とにかく)「売り物件」を得ること、
そして月末までに最低1件の契約を結ぶこと・・
それしか頭の中にありませんでした。

 確かにお金はありましたが、
         未来 というものがなかったのです。


翻って今のわたしには、未来 があります (そう感じています)
自分の仕事に対して、大きな意義も感じています・・。

まあ、
10年ひと昔とは よく言ったものですね。

(今振り返ってみると、
10年前のわたしは なんと単純であったことか!)

あなたはどうですか?
10年前のあなたは 今とは違っていましたか?

あなたはどんなところで働き、
どんな人たちとつき合っていましたか?

モノを見る目や、心の動きを捉える力は
今と同じでしたでしょうか・・。

10年前のあなたは
毎日何を考えていたのでしょうか・・。

このように【大きな変化】を伴う
10年という時間を呑み込んで、
資産運用 という作業は 続いていくのです。

(考えてみますと)
恐ろしく壮大で息の長い行為 なのですね・・。

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わたしと投資の出会い


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COMMENT

輪田さん

(なんだかお爺さんみたいな物言いですが)
人生は山あり谷あり・・。

ひとつの経験が次の経験の「きっかけ」になったり。
それらがつながって
きっとどこかに辿り着くのでしょうね・・。

・12月はクリスマスバージョンでお届けします(笑)

| カン・チュンド | 2007/12/03 18:39 | URL |

10年前に成人式を迎えました。

12月になって、ブログのデザインが変わったんですね!

カンさん、不動産の営業マンだったんですか。
ちょっと意外でした。

10年前、私はまだ20歳でした・・・
コンピュータ系の大学に通っており、将来はこの分野で技術者になるつもりでした。

実際には、コンピュータ技術者になることは一度もありませんでしたが、知識の一部は、いまでも役に立っています。

30歳ごろには、成功者としての地位を確立しているだろう、と想像していましたが、熱意と努力が足りませんでしたね。(笑)

まあ、人生これからです。

| 輪田@【堅実投資】 | 2007/12/03 02:09 | URL |














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