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価値 はどこから生まれてくるのか?


こんにちは、カン・チュンド です。

わたしは時々、
ふと思い描いてみることがあります。

今から何万年も前に、
マンモス を追いかけていた当時の人たちを・・。

彼らの中で、
「経済的に豊かになる いちばんの決め手は
何だったのでしょうか?」

マンモス をいちばん多く獲ったヤツが
いちばん偉かったのさ。
(それはそうでしょう・・)

でも マンモス を獲るのは【共同作業】ですから、

1.おびき寄せ役
2.自らが的(まと)となってマンモスを追い込む役
3.やりを投げる役
4.マンモスの急所を突く役 
5.解体作業をする役

など、さまざまな 役割 を
複数の人が担っていたと思います。

(やっぱり)
2.の人が いちばん偉かったのでしょうか?
(それとも)
4.でしょうか?

あるいは、
マンモスを仕留める作業を指揮していた、
「リーダー」のような人が いちばん偉かったのでしょうか?

当時、「経済的に富む」という 意味 は、
(文字通り)マンモスをたくさん獲ることでしたが、
これには「限界」がありました。

マンモスという収穫には
(そもそも)継続性 がないですし、
保存 が効かなかったからです。

つまり、貧しい・豊か という「差」にも、
自ずと限りがあったのですね。

ところが、
農耕社会 になると状況は一変します。

狩猟時代とは違い、
同じ場所で生活するわけですから、

その集落の中の
【どの場所で、作物 を育てられるか】が
死活問題 となります。

同じ100㎡の 土地 でも、
「お米がたくさん取れる場所 と そうではない場所」が
歴然 と存在するからです。
(水はけがよい・悪い、陽当たりがよい・悪い など)

例えばあなたが
A集落 に住んでいたとしましょう。

あなたは 口が達者な方ですか?
おとなしい方ですか?

当時、お米を育てるのに「よい場所」を、
「たくさん」占めていたのは、
どんな人たちだったのでしょうか?

この「共同生活」の中では、
川向こうの B集落 は、
人々が生活する「単位」としては 別世界 です。

ふつうの人は「ひとつの集落」で生まれて、
「ひとつの集落」で死んでいったのではないでしょうか。

そんな状況ですから(A集落の中で)
「オコメがたくさん取れる場所」こそ、
価値のある場所【= 土地】だったのですね。

(当たり前ですが)
「この場所には、これくらいの価値がある」と
最初から決まっていたわけではありません。

◆ 不動産という 資産 の考え方の【原点】は
  ここにあります。

その 不動産(土地 or 建物)が
どれくらいの 収穫(収益) をもたらすかによって、
その資産の【価値】が決定する。

(今日では 収益還元法 と呼ばれますね)

もし、C集落 の「面積あたりのオコメ収穫高」が
周囲の集落 よりも圧倒的に高ければ、
略奪(= 戦争)の原因となっていたことでしょう・・。

6,000年前の 農耕社会 では、
建物より「土地」が生み出す 収益 の方が
大きかったと思いますが、

21世紀の 今日 では、
◆「建物」が生み出す 収益 の方が圧倒的に大きいです。

(つまり、今日 不動産の価値 は)

【そこに どんなモノが建っているか】
【その建物が どれくらいの収穫をもたらすのか】
 に依っているのです。
 (ここ、重要!)

(特に)東アジアの国々 に顕著なのですが、
「土地こそが 収益性の高い資産 である」
という 思い込み があります。

これは、
かつての農耕社会の「価値観」を未だに引きずっている、
古びた考え方だと わたしは思います。



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