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ベトナム 四章


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

ホーチミン市からクルマで1時間半ほどいくと、
「クチトンネル」というものがあります。

いわゆるベトコンが、アメリカ軍に対して徹底抗戦した
地下トンネルなのです。

全長は200キロメートルを超え、
この地下トンネルに象徴されるように
ゲリラ戦において終始優勢を保ったベトナム軍は、
やがて統一を成し遂げます。

(これは個人的な印象ですが、ベトナム人のことばの端々に、
「私たちはアメリカに勝ったんだよ」という自負が
見え隠れしていました)

ベトナム戦争を題材にした映画などで
皆さんもご存知だと思いますが、

ベトナム戦争当時、米軍に、
【ゲリラはどこにもいないが、どこにでもいる。】

と言わしめたのが、ベトコンであり、
その象徴のひとつが
クチトンネルに代表される地下トンネルなのです。

最初は地下に一層のみのトンネルでしたが、
アメリカ軍の攻撃に遭う中で、
第二層、第三層と、下へ下へ掘り進められていきます。

このトンネル内で食事を作り、生活をし、
10年、15年とトンネルを掘り進めていったのです。

「クチトンネル」のツアーの中でいちばん驚いたのは、
随所に見られる細かい工夫です。

たとえば、食事を作ると煙が出てしまいます。
(そのまま煙を出すと米軍に見つかってしまうため、)
その煙を、少しずつずらしながら上昇させ、

何キロも離れた小さな穴から吐き出させるしくみを、
地下で作ってしまっているところです。
◆ 「クチトンネル」の詳しい画像は【こちら】

上記ページに ↑「爆弾の製造風景の展示」と
載っていますが、これは少し違っていまして、

実際は、米軍が落とした爆弾の不発弾を「解体」して、
「リサイクル」し、自分たちの武器として
再生産している風景なのです。

◆ また、別の画像もあります【こちら】
(ここに、煙が地上に出る場所の画像アリ。
地下に、会議室や手術室まであったのです)

「クチトンネル」の頭上は、
完全にアメリカ軍に掌握されていたのですが、
それは「昼のあいだ」だけで、

夜になると、
ベトコンたちは地上に出て、田や畑を耕し、
また、つかの間の休息を楽しんでいたといいます。

◆ 「クチトンネル」という、
巨大な建造物からわかることは、

ベトナム人の【創意工夫】に長けたキャラクターであり、
また、しぶとさであり、
忍耐力そのものではないでしょうか。

「人間の集団について ベトナムから考える」
(司馬遼太郎 著)の中に、

―ベトナム人は折れることがない、葦のようにしなうだけだ-
という言葉があります。

皮肉にも、ベトナム人のしぶとさが、
100年近く続いた「戦争」という日常の中で
鍛え上げられてしまったのだとわたしは考えます。


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