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指数ものがたり


こんにちは。
インデックス投資アドバイザーの カン・チュンド です。

1872年、日本ではじめての鉄道が
新橋~横浜間で開通しました。

当時、
「おい、その蒸気機関車とやらを見てみよう」ということで、
たくさんの人がお弁当を持って「汽車」を見物したそうです。
(何しろ、怪物のような機械が動くのですから..)

それに遡ること3年、1869年に
アメリカでは大陸横断鉄道が開通しました。
当時の鉄道はまさに「未来を担う花形産業」であり、
ニューヨーク証券取引所にも、
複数の鉄道会社が上場していました。

しかし、
19世紀後半の株式市場は今とは違ってまだ牧歌的であり、
屋外でブローカーがお客と紙のやり取りをしながら
相対取引を行っていたようです。

まだ売買高も限られており、
ときに個々の株価は激しく変動しました。
(要するに、株式市場というところは
今よりずっと「胡散臭かった」わけです)

そんな中、
最初は軽いノリだったと思うのですが、

「おい、せっかく株式市場というところで、
個々の会社に値段が付いてるんだから、
ひとつ平均みたいなものを作ろうじゃないか」
と言い出した人がいました。

その人が、チャールズ・ダウです。

1884年にダウ氏は11の株式の価格を寄せ集め、
それをひとつの「指数」として算出し始めました。
(そのほとんどは鉄道会社の株でした)

「な、この指数を見てりゃ、
市場全体の動向がなんとなく分かるだろ?」
とダウ氏が言ったかどうかは分かりませんが、

米国における「指数」の起源は
至極シンプルなものだったのです。

そして1896年、ダウ氏はその指数を
Dow Jones Industrial Average と改名します。
(当時は単に「輸送業指数」という意味でした)

構成銘柄は12になっていましたが、
「指数」の算出方法はまったく同じ。

1日の取引が終わったあとに
12の会社の株価を足して
「はい、これが今日のダウ平均だよ」と言ったわけです。

(まあ、こんな言い方をするのもなんですが、
小学生でも思いつくような発想ですよね)

しかし、発想とは
最初に「実行」に移した人に恩恵を与えます。

今日では、
この「ダウ平均」はひとつの商品となっており、
「ダウ平均」を冠した金融商品を組成する際に
世界中の会社がダウ・ジョーンズ社に対して
ライセンス料を支払っています。

このように「指数」は
市場全体の動向を示すバロメーター、
「旗印」のようなものとして
100年以上前から重要な役割を担ってきたわけです。

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