カン・チュンドの 投資のゴマはこう開け!

夜ぐっすり眠れる資産運用のために・・。

何がこれからのビジネス(産業)になるのか?


こんにちは、カン・チュンド です。

(突然ですが)オーストラリアの大学では、
サーフィンの学位を取れるコースがあるらしいです。
その名も Surf Science and Technology

サーフィン学科の「目的」として、

ファッション や 観光 とリンクさせて、
世界的な産業に発展しつつある
「サーフィン」を総合的に学ぶこと
と謳っています。

(かっこいい・・)

「うそだあー」と思われる方は、
西オーストラリア州立 エディス・コーワン大学 に
アクセスしてみてください。
Edith Cowan University

この大学はまさしく、
サーフィン を【学問】として捉えています。
(知的好奇心をくすぐられますね・・)

1年次には、
海洋学、気象学、経営学 などを学び、

2年次になると サーフィン用具の製作や、
競技会、イベントの運営
といった専門的分野に進んでいきます。

3年次には 卒論テーマ を見つけ、
掘り下げていく作業に移行します。

(オーストラリアの大学は
 たいていが3年制なので・・)

サーフィンは 海 を相手にするスポーツ
(ビジネス?)ですから
理科系に強くないといけません。

また、ビジネスの観点から
財務 や マーケティング についても学びます。

(つまりサーフィンを起点に
「ビジネス発想」を養っていくということ・・)

考えてみれば、
何が これからの ビジネス(産業)になるのか、
つまり、何が 生活者のニーズ に叶うのかは、

会社 が決めるわけでも、
大学の教授 が決めるわけでも、
シンクタンク が決めるわけでもありません(笑)

生活者のニーズ というものは
「湧き水」の如くそこかしこに潜在し、

見ようとする人には
見えてくるものなのですね。

スポーツ、
健康(ヘルス・サイエンス)といった分野は、

今後 人間にとって「娯楽・消費活動」
という 側面 を持ってくるとわたしは思います。
(健康、身体的な爽快感 にお金をかけるということ・・)

◆ 人間の 嗜好 が変われば ビジネス も変わる
◆ 新たな 技術や出来事 が ビジネス を変える

「えっ、そんなことが商売になるの!?」
と友人に怪訝な顔をされても、
まったく気にする必要はありません。

商売になるかならないかは
「消費者」が決めることです。

(人は何十年、何百年と“変化”を
 求めて生きてきたのですから・・)

昔のセオリーにしがみついて、
昔の遺産で本日のご飯を食べているような輩に、

「半歩先のニーズを汲み取ろう」という
投資の精神 が湧くはずがないじゃないですか。

ホームページ上で、
小さな事務所で、
一軒のレストランで、

他者にマネの出来ない
【付加価値】を創造できれば、
それは立派な ビジネス になり得るのです。

人類はほんとうに長い時間をかけて、
資本 を持たない 一介の生活者 に
「起業」という道を開いたのですね。

やはり
「おもしろい時代が来たなあ」
と感じてしまいます、しみじみと・・。



テーマ:資産運用について - ジャンル:株式・投資・マネー

財産税なのか、インフレを起こすのか


こんにちは、カン・チュンド です。

新しいお札(新札)が登場して
はや半年になりますが、
皆さんもう慣れましたでしょうか?

(わたしはいつも思うのですが)
今回の 新札発行 に併せて
なぜ【新円施行】をしなかったのでしょう?

新円施行?
はい、わたしの意味は デノミ です。

「デノミ」とは denomination の略で、
通貨の 呼称単位 を切り下げることです。

例えば日本の円を100分の1に切り下げると、
現在の100円が【新1円】と等しくなります。
100円 =【新1円】ですね。

そうすると、
春物のスーツが【298円】になります(笑)

また、100ドル と 100円 も
近似値になりますよね。

(実はG7(先進7カ国)の中で
日本だけが桁数の多い通貨単位を用いているのです)

もし日本で【新円施行】をすれば、
100円札、50円札、
20円札、10円札 が作られるでしょう。

通貨の単位が
変わってしまいますので、

旧単位のお金は「期限」を決めて
(例えば 半年〜1年以内)
一切使えなくしてしまう、
というのはいかがでしょうか?

もちろん半年から1年の間は、
銀行で 旧単位のお金 ⇒ 新単位のお金 の
「交換」はできます。

そうすると、

タンス預金や 灰色のお金や 真っ黒のお金まで、
表(おもて)に出てこなかったお金が
あぶり出されることになります。

(いっそのこと使っちまえ!ということで
意外な 経済効果 がもたらされる可能性もあり・・笑)

唐突な印象があるかもしれませんが、

新札発行 → 預金封鎖 → 旧紙幣の強制交換
→ 財産税徴収という「出来事」を、
私たちは歴史の中で 体験済み です。

昭和21年2月17日に、
GHQによって 預金封鎖 が実施されました。

個人や法人が銀行に預けていた現金は
すべて封鎖され、
手元にあった5円以上の紙幣も
強制的に預けさせられたのです。

そして、昭和21年3月から
「旧紙幣」は一切使用できなくなり、
【新紙幣】のみが流通するようになったのです。

この通貨切り替え時に「財産税」が課されました・・。

もう一度、通貨の単位が変わる
【新円施行】に戻ってみましょう。

【新円施行】がなされ、
預金封鎖 → 旧紙幣の強制交換 が実施されると、
理屈の上では「財産税」の徴収が可能になります。

< 例えば、10%の財産税が課されるイメージ >

旧紙幣11,000円分 が
新紙幣100円札 と交換される・・。
んー、果たしてそんなことがあるのでしょうか?

もちろん「財産税」を課す目的は、
政府の借金 を少なくするためです。

確かに政府には税金を課す権利
【徴税権】がありますが、
上記のようなことをしてしまうと
政府に対する【信用】が崩壊してしまいます。

(注 → 昭和21年2月当時、
政府の機能を担っていたのはGHQでした)

わたしは「財産税」を課すよりは、
たくさんのお札を刷って通貨供給量を増やし、

モノやサービスの値段を上げていく
(インフレーションを起こす)
ことの方がずっと現実的だと思います。

(もちろん、
 借金の量を少なくしてしまうために・・)

いつの世もお上(かみ)が
やることって決まっていますね。

表面上見えにくく(且つできるだけ間接的に)
ほどよい時間をかけて、鼠がすり抜けるように
「策」を実行してしまう・・。

皆さん、気を付けましょう(笑)



テーマ:資産運用について - ジャンル:株式・投資・マネー

わたしの20年後は大激動の時代?


こんにちは、カン・チュンド です。

かつてフランスの高名な作家が
「幸せの総量 は決まっている」と云いましたが、
わたしもそれに賛同する部分があります。

(こう見えても 観念的 なところがありまして・・笑)

例えば、今年 65歳 の
Aさんが生まれたのは 昭和15年 です。

Aさんが10歳の時、
日本は戦後間もない 昭和25年 でした。

当時の日本は今から想像もできないほど貧しく、
みな生きていくのに必死でした。

そのような世代の方々が老齢になられて
国からそれなりの「お返し」を
してもらうのは当然のことです。

(社会福祉を考える上で、とても大切な視点だと思います)

一方、わたしは
昭和43年生まれの 37歳 です。

生まれた時に(家に)テレビ があった世代です。
なに不自由なく成長してきました。

(買ってもらった)おもちゃの数は
ひとつやふたつではありません。

カラフルな服を着て、ジュースを飲み、
ハンバーグもたくさん食べてきました。

今までの何不自由ない生活を振り返ると、
これからの 後半生 は

「なかなかたいへんだろうな・・」と
妙に納得してしまうのです。
(「幸せの総量 は決まっている」に 触発 されている部分あり)

(つまり)冷静に、
今までの 半生 と同じような
(順風満帆な)後半生 を期待するのは
オカシイ と思ってしまうのです。

わたしのように
恵まれて育ってきた人間は、

今日と同じように 明日 が来るだろう、
明後日 もその続きだろう、と
(何の疑いもなく)思いがちです。

しかし、
■ 未来 は、過去の単純な延長線上にあるのではありません。

特にこれからの20年は、
大きな変化の波にさらされ、
物事の基軸が変わってしまう可能性が 大 です。

(事実、この20年でも
 物事の基軸 は大いに変わりました・・)

といって、わたしは決して
「日本の財政が破たんする」とか、

「大恐慌が起きる」とか、
そういうことを言っているのではありません。

(大げさかつ単純な変化イメージは、
 小学生が発想することです・・)

わたしの「具体的なイメージ」はこうです。

現在の生活レベルを維持するのに、
たいへんな労力を費やすことになるだろう。
つまり【緩やかな衰退】のイメージです。

今から20年後、
北朝鮮やキューバで行われている
「独裁政治」は間違いなく倒れているでしょう。

水(ウォーター)を巡る
「戦争」が起きているかもしれません。

日本の大都市でマグニチュード7〜8級の大地震が
起こっている可能性も 大 です。

(ひょっとすると)世界のどこかに
巨大隕石 が落下しているかもしれません。

「アジア人です」という言い方は
滑稽ではなくなるでしょうし、

日本でも、ある程度資産を持った
移住者(出て行く方)が増えているでしょう。

コンピュータチップは限りなく小さくなって、
(あたかも水や空気のように)
生活の中に溶け込んでいるでしょう。

脳のメカニズムが
すでに明らかにされているかもしれません。

クルマを運転するのに
もはや免許はいらないでしょう。

人工生命を創ることも
不可能ではなくなるかも?

宇宙旅行は産業となり、
バーチャルと現実は
限りなく重なりを深めていくことになるでしょう。
(バーチャル映像は新たな 芸術 となります・・)

地理的な距離が
それほど意味をなさなくなれば、
人間の暮らしは もっと自由になっているはずです。

えっ、金の価格はどうなっているか?
ダウ平均は10万ドル?
世界連邦の創設?(これは難しい?・・)

中国の内戦?
円のデノミ、

原油価格はどうなるのか?
外為法を再改正して、預金を国内に閉じ込める?
などなど。

ひとつだけ言えることは、
未来は 現在 とは異なる ということです。

イギリスのサッチャー元首相は
【サッチャーの法則】としてこう云っています。

それは、
(人間が生きていく中では)
必ず【予想外のことが起こる】というものです。

皆さん、人生は長いですよー。



テーマ:資産運用 - ジャンル:株式・投資・マネー

何事も 対抗馬 が出るのはよいことです

     
こんにちは、カン・チュンド です。

(突然ですが)
日本経済新聞の向こうをはって
フジサンケイ ビジネス アイ という

日刊ビジネス紙 が発刊されていますが、
皆さんお読みになられたことがありますか?

上記HPを覗くと、
総合、国際、金融・証券 というカテゴリーに混じって
「中国」というカテゴリーが独立しています。

試しに昨日のリード をピックアップしてみますと・・、

・中国、金融機関の貸付規制が本格化
・中国国務院、鉄鋼など4業種で投資額の規制を強化
・中国で不動産価格急騰に警鐘 今後10年で5倍以上に

のような記事が見受けられます。

(ところで)ニュージーランドが
政策金利の引き上げを決めました。

アメリカでも金利引き上げが
視野に入ってきています。

中国の中央銀行(人民銀行)も、
政策金利の引き上げを余儀なくされるでしょう。

中国にとっては 世界の主要な顔 になって以来、
はじめての「ブレーキ踏み」となります。

舵取りは難しいものになるでしょうが、
この経験自体が たいへん貴重なのです。

20〜30年のスパンで見れば、
中国の金融当局は、

今後何度も景気の「ブレーキ踏み」を
試みなければならないからです。

(よく言われることですが)

■ 遅れてきた者の メリット は
たくさんの前例・知識を データベース として
蓄積できることです。

(中国はまだこのメリットを
 十分活かしきれていないのではないか・・?)

さて、フジサンケイ ビジネス アイ ですが、
実際の紙面でも 同紙は 中国 に力を入れています。

中国株式の株価(A株も含めて)を毎日掲載するなど、
独自色 を出すことに躍起になっています。

確かに(長年 日経新聞に慣れた人にとっては)
独特の紙面構成でしょう。
※ 活字がたいへん大きく見やすいのも特徴です!

昨今、日経新聞の 官僚化 が叫ばれていますが
(わたしが叫んでいるだけ?)

「対抗馬」が出ることで、
日経新聞の活性化 にも繋がればいいですね。

何事も「スペースを独りで占領する」のは
よくありませんから。
(全部自分のものだと勘違いしてしまいます・・)

スペースを共有する
(ほんとうは嫌かもしれませんが)

同業者がとなりで食事をしている様が
「新たなスペース」を創造しようという活力を与えるのです。

(そうでしょ?)

そして、ユーザーにとっては価格・サービス面で、
様々なメリットが転がり込んできます。

これが「競争原理」です。
(ナチュラルな競争こそが、革新 を促す・・)

新聞・出版関係の業界は
いちばん規制に守られ、遅れているフィールドです。

(いちばん遅れているからこそ)
※ 利益 の 源泉 が眠っているのです・・。



テーマ:資産運用 - ジャンル:株式・投資・マネー

ボールゲームと経済について


こんにちは、カン・チュンド です。

日本シリーズ が終わると、
もう秋だな と思ってしまいます(笑)

わたしは プロ野球 が好きです。
小学校5年の時、
友達と一緒に西宮球場へ行き
「阪急 VS 近鉄」を観ました。

甲子園球場では
ラインバック選手のホームランも観ました。
(もちろんライトスタンドで!)

野球場は円状の大きな「舞台」であり、
そこでは 興奮 や 熱気 が自然に孵化されます。
(まさに少年に帰ったような感覚・・)

さて、日本ではプロ野球こそが
「娯楽の王様」であり、
(文字通り)長期間 君臨 してきました。

今、プロ野球の再編問題が
大詰めを迎えていますが
(12球団にしろ、10球団にしろ)、

わたしは「果たしてこれからやっていけるのか?」
という 不安 を感じます。

(例えば)今までプロ野球人気を
支えてきたのは誰でしょうか?
答え) 40代以上の男性 です。

(当たり前の話ですが)
40代以上の男性 諸氏は、
年々年老いていきます。

わたしは今36歳なのですが、
わたしの世代がちょうど
「分岐点」になっているのではないでしょうか?

わたし「Aさん(36歳)は 野球 好きですか?」
Aさん「いやあ、ぼくは野球にはあんまり興味ないんですよ・・」

わたし「へえ〜、そういう人もいるんだ」
    という 感想 です。

ところが、これが 20代 になると
「プロ野球? あんまり観ないですね・・」
が 普通 になり、

10代 になると、
「ぼくって 野球 やったことないです」
という セリフ が聞かれるようになります。

プロ野球も立派な「ビジネス」です。
とすれば、
将来のお客様 を見据えないといけません。

野球ビジネスの今後を担う
お客様(若い世代)は、
まず 野球 というものを「絶対視」しません。

「あっそう。ひとつのスポーツだよね」
(それはそうです)

サッカーもあれば、スケボーもあり、
ゲームボーイもあれば、
インターネット小説もある世の中なのですから・・。

娯楽を巡る 競争 は激しく、
かつ将来のお客様(若い世代)
人口 は年々減っています。

はっきりしていること)
今、娯楽の「王様」として君臨している椅子は、
すでにきしみ始めているのです・・。

■ しかし、人はその椅子に
いつまでも座れると思っています。

この 座り場所 は
いつまでも変わらないと錯覚します。

今まで確かだったことは、
これから先も(同じように)確かであると
思ってしまうのですね。

今までの「成功」が、
サッカー(中国)や、
スケボー(LG)や
ゲームボーイ(インドのソフト産業)の
【存在】を見えにくくしているのではないでしょうか?

(仮に)テレビ欄から プロ野球中継 がなくなれば
どうなるのでしょうか?

答え)
それに代わる番組が 登場するだけです。

(野球に興味がない方はテレビの前で
ず〜っと思っていましたよね。
「どうして 野球ばっかりなのよ!!」と・・)

テレビ にも、
経済 にも「代わり」はいくらでもいるのです。

もしかすると、
野球マニアのために2015年時点では
ケーブルテレビ214チャンネルで、
細々と有料中継が 行われているかもしれません・・。



テーマ:資産運用について - ジャンル:株式・投資・マネー

ゴッホはなぜ、耳を削ぎ落としたのか?


こんにちは、カン・チュンド です。

(念のため)上記標題 は、
わたしが思いついたものではありません。

(たしか)村上龍 氏 の
小説の中で使われていた言葉です。

実は最近、
ゴッホの画集を読み返しています。
きのう目に留まったのは
耳を切った自画像」です。
Self-Portrait with Bandaged Ear

彼の 自画像 を見つめながら、
「ゴッホはなぜ、耳を削ぎ落としたのか?」

という問いに対する
「答え」がふと浮かびました。

ゴッホ は「 耳(聴覚)なんて必要ない・・」
と、無意識に思っていたのではないか、と。

(彼は目を突いたのではなく、
 耳を削ぎ落としたのです・・)

耳(聴覚)を遮断することで、
目(視覚)= (絵を描くことの)感性 を
研ぎ澄ませたかったのではないか、
というのがわたしの邪推です。

まあ、今お話したこと自体、
一種異様な 想像 ですよね。

この 耳の事件 をはじめとして、
ゴッホ には(なぜだか)狂気の画家
というイメージがつきまといます。

黒澤 明 監督 の「夢」で描かれていた ゴッホ も、
ブツブツわけのわからないことを言いながら、
一心不乱に 筆 を動かしている人でした。

(ちなみにゴッホ役は
 アメリカの映画監督 マーティン・スコセッシ・・)

(確かに)絵を描いている最中の彼は
(一種)狂気の状態 であったかもしれませんが、

その前段階、つまり、
絵を描くに至る「プロセス」の段階では、
実に 緻密で、論理的な思考を行っていたと
わたしは思うのです。

それは 弟のテオ に宛てた
数多くの「手紙」を読めばわかります。
ゴッホの手紙(中)(下)(岩波文庫)

ゴッホは、これから描こうとする
絵の「コンセプト」について
弟に語り掛けます。

「自分がなぜ、
 この風景を、この人を描きたいのか・・?」

「わたしが描きたいのは、
 この風景の ○○さ なんだよ・・」と。

彼は 弟テオ に手紙を書くことで、
絵を描くに至る 思考・戦略 について
自身を掘り下げ、

また、絵を描くことの「必要性」を
再確認していたのだとわたしは思うのです。

描写の『手法』についても、
ゴッホ は事細かに語っています。 

(自分の中で)たったひとつ追い求めている
「赤」の具体的なイメージ、

そこに至るための 絵の具の重ね方 について、
あるいは、一本の「木」の、
具象の仕方 と その意味付け について・・。

ゴッホ は、弟テオ に語りかけることで、
己の漠然としたイメージを、
具体的な【作品】に
昇華させていったと思うのです。

■ そういう意味で、
  ゴッホの 絵 は 弟テオ との 合作 です。

わたしは、ゴッホという芸術家は
(その本質のところでは)
非常に鋭利な 分析能力 を備えた人物だったと推察します。

そんな彼が、自らの耳を削ぎ落とし、
(結果として)

聴覚という 感覚 を拒否しながら、
ひたすら絵を描き続けていた姿を想像すると、
ちょっと胸が痛くなってしまいます・・。

ともかく、画家は 絵 によって
人生を語る者ですから、

ご興味ある方はぜひ
ゴッホの世界 に触れてみてください。

では皆さん、よい週末を!



テーマ:資産運用について - ジャンル:株式・投資・マネー